発達障害

発達障害の夫と定型の私。”普通”って、なに?

一つ前の記事をちょうど書き上げた朝。
タイミングを見計らったかのように、ズンさんとケンカしました。

ズンさんが何気なく発した言葉が私はイヤでイヤで、
でも彼は「あなたのあの言い方がイヤだった」という私の主張と怒りを、どうしてもわかってくれない。

「そんなつもりで言ったんじゃない」
「そうヒステリックに受け取るあくびが普通じゃない」

ただでさえ言外の意味や感情まで読み取ってしまいがちな私は、
もしかしたらアスペルガーの「人の気持ちを汲み取るのが苦手」という特性と、決して相性が良くはないのかもしれません。
でも、今回においては私個人の問題じゃないと思う。
相手が私以外の人だったとしても、怒るし悲しむしイヤな思いにさせる言い方だったと思う。

そして私は、人の話を遮りがちなズンさんに言いました。

「いいから話を聞いて!!!」

どっちが「普通」?

私、よく言ってしまいます。
素っ頓狂なズンさんの言動に対し、「普通はそんなことしない」とか、「普通はこうだ」とか。

それに対して彼は言いました。

「自分が発達障害もちで、いわゆる”普通”じゃないことはわかってる。
でも、あくびが言う”普通”を全部信じていたら、
外の世界を知らず、あくびの言うことが僕の中で絶対的な”普通”になってしまう。
だからもう”普通”とか言わないで」

一方でまた、数分後にこうも言ったんです。

普通はあの言い方じゃ傷つかない。ぼくは悪くない」
普通はもっと冷静に話し合える」
「あくびがおかしい。怒ったことを謝って」

ハアアアア?!って、その瞬間思いましたよね。
あなた数分前に同じ口で「普通って言うな」って言ったよね??!
もう、げっそり。わかってないんだこの人は。
一貫性で私を論破するような顔しておいて、その実全然わかっていないんだ。

私だって、”普通”を振りかざしたくはありません。振りかざしているつもりもありません。
でも、「その言い方は相手に失礼だよ」とか、「その挨拶はおかしいよ」とか、
30を過ぎた男性に、いったい私以外の誰が世間の常識を教えてくれるっていうんでしょうか。

常識がない、と評されることも多いアスペルガー。
こんな言い方したらアレかもしれませんが、
アスペルガーであるズンさんの言う”普通”と、定型である私の言う”普通”、
どっちが”普通”なの?と多数決をとったら私が勝つと思います。

でも、自信がなくなってきた。
“普通”って、なんだろう。誰が決めたんだろう。誰が評するんだろう。
私は”普通”という言葉でズンさんを責めていいんだろうか。よくないとしたら、なんて言ったらいいんだろうか。
彼が言う”普通”と、私が思う”普通”。なんだかもうわけがわからなくなってきた。

「普通」はともかく、あなたと私。

「私の話を聞いて!!!」と絶叫した結果、そこそこわかってもらうことができました。
なぜ私が怒ったか。なぜ悲しかったか。
ズンさんの言い方の、どこに誤解させる要素があったのか。
そして”普通”はさておき、私でなくても皆、同じように言われたらきっと悲しむと思うよということ。

お互いにもう、「普通は〜」は持ち出さないことにしました。
私はこう思う。ぼくはこう思う。それでいいじゃないかってことにしました。

持ち出したって、きっとまたこじれるだけ。

「その言い方は相手に失礼だと私は思うよ
「その挨拶はおかしいと私は思うよ

あなたと私で話し合って、”普通”なんてない関係を作っていきましょうね。
キャッキャウフフ。

「普通」ってなんだろう

これは結局、発達障害うんぬん関わらず、どこでも起こりうる事態なんじゃないかと思うのです。
“普通”が正しいと信じられがちだけれど、その”普通”ってなんだろう。
結局みんな主観で動いているから、その主観と主観がぶつかり合った時、そこで”普通”がどうはたらくかという話。

そう考えると”普通”っていうのは、
みなが暗黙のうちに了解し合い、共有しているお約束。のことだと思います。

つまり我が家には当てはまらない。なぜってズンさんはアスペルガーだから。
社会性の欠如という特性をもち、定型の人と同じお約束を共有できていない。
私とズンさんの間に、暗黙のうちに了解し合えている一般常識はない

これはこの先、現在1歳の息子チッチを育てていくに当たっても
決して避けては通れない道だと思いました。
チッチに発達障害が遺伝するにせよ、しないにせよ、
子どもの前で”普通”を持ち出すことがどんなに残酷か。
心して臨まねばと自分を戒めています。

とはいえ、ズンさん相手に”普通”を言わないということに納得しきれていないところもあります。
だって、彼が宇宙人にしか見えない時は確実にあるんですもの……