発達障害

夫の発達障害と付き合うために。妻の私が自分メンテの重要性を感じた日

こんにちは。中野あくびです。

今回は、夫(軽度アスペルガー)の発達特性にイラついてしまった話。
そのイラつきの掘り下げと、当事者の妻として考えた今後の対策を書いてみます。

2人とも疲れていた

先日。私は疲れていました。
連日の雨でどこへも行けず、息子のチッチと二人で引きこもる日々。

家にいる時のチッチ、延々読み聞かせを要求してきます。拒むと泣きます。
かわいいんだけど、これがなぜかとっても疲れる……。
育児って感情労働の極みだと思います。うかうかトイレにも行けない。

そうやって1日チッチとがんばって、夕方ズンさん(夫)が帰ってきます。
「ただいま」のトーンだけでわかるコンディションの悪さ。私のテンションも一気に急降下。
ああ、また今日もフォローしなくちゃならないのか。

なぜなら。
ズンさん、疲れている時は発達特性がマックスに出るんです。

いつもは意識してできていることでも、疲れると散漫になって意識が向かなくなる。
正直「そんなこともできないの?!」とキレたくなります。
でもキレません。キレても仕方ない。

以前はよくキレていました。
そしてそのたびズンさんが言うことには

「怒られたって、できないものはできない」
「仕方ないんだから言わないで」

……でも、注意しようという気持ちが足りないだけなんだから、注意するよう努力すればいい!
仕方ないことないでしょ!がんばってよ!
と、繰り返し繰り返しキレていた時期がありました。

そうしたら、その”意識する”が、どうやら彼には本当に難しいらしい。
発達障害の診断を受けた日、並んで座る私たちに先生が言いました。
“できる”と”できない”に波がある。それは”意識したらできる”ものではないです」

夫の”できない”と私のフォロー

キレても仕方ないので、キレられない。
でも、「またフォローしなくちゃならないのか」という思いは消えない。

この”フォロー”というのは、

ズンさんに劣等感を抱かせることなく、
責めることなく、
さりげなく、
やさしく、

おこなわなきゃならないのです。疲れている私には荷の重い話。

でも、フォローしないと生活がうまく回らず、結局は私がいろいろな負担をこうむる羽目になる。
この”フォロー”という行為、いわば”急がば回れ”的な要素を持っています。

疲れているときのズンさんの特徴はこんな感じ。

・話しかけても返答までに間がある
・ミュージカル風におうむ返しする
・ぼーっとしているように見える
・怒っているように見える
・いつもやっているルーチンが抜ける
・信じられないくらいどもる、言葉につまる
・子どもへの声かけがワンパターン
・優先順位がつけられない
・気が利かない
・先の動きを予測/予定できない
・手や足をあちこちにぶつける
・ドア開けっ放し、物置きっぱなし

ミュージカル風におうむ返し、というのは、
ちょっと私も理解しがたいところが大きいんですが……

「明日は雨だって」と私が言ったのに対し、
「あしたは〜♪あ〜め〜♪」と歌が返ってきて終わります。

おい!!!

たぶん、返事を考えることを無意識に避けてるんですよね。
「そうなんだ」とか「また雨か、嫌だね」とか、
ちょっと考えれば出てきそうなもんだと思いますが、彼にはそれができない。

他の項目も、突き詰めれば全部そうです。
深く考えられない。思考が浅くなる。
チッチへの声かけも「ただいま」「おとうさんだよ!」「げんき?」ばっかりの繰り返しになるし、
頭がはたらいていないから、次にやるべきことやいつものルーチンがわからない。

そんなズンさんに対して、私のフォローはこんな感じ。

・理解しやすいよう短い言葉で話しかける
・今話していい?と聞いてワンクッション置いてから話し始める
・あれやった?とさりげなく聞く
・次はこれやってね、と行動を指示する
・何も言わずドアを閉める
・こんなとこにお財布あったよ、と渡す

まるで子どもと接しているみたいだなあ、と思います。
だから、余裕がある時はフォローできるけれど、
そうでない時は「大人なのに」「なんでいつもできないの」「なんで私ばっかり」という思いが膨らんでジクジクと心をむしばむ。

めちゃくちゃどもるズンさんにイライラし、すごーく嫌な顔をしてしまったり、
大きな音を立ててドアを閉めてしまったり、
指示を出すことなく自分でやり、イラついた空気を全面に出して押し付けがましくしてしまったり。

私が大人になりきれていないのかもしれません。
みなさんどうなんでしょうか。
発達障害をもつ配偶者の”できない”に対し、
いついかなる時もやさしくさりげなくフォローして、
生活をまろくやわらかくおさめていらっしゃるんでしょうか。

気づいたことと決めたこと

ともかくこの日、いつもなら流してフォローできる場面でそうすることができず、
イライラし、悲しくなって、夫が寝たあと洗面所にこもりました。
なんだか、寝室とひとつながりの空間にいたくない気がして。

そしたら気づいたんですよね。

これ、私が疲れてるだけだ。そのせいだ。

だっていつもならできるもの。
なんで今日できなかったかって、私が疲れてるからだ。
私が疲れてさえいなければいいんだ。

それでも実際、日中ひとりぼっちで育児と家事をしていて、疲れないというのは難しい。
感情労働だから、どうしたって気持ちは疲れる。
夜泣きで寝不足気味だし、身体も疲れる。

だから、決めました。
疲れていることを自覚しようとつとめて、
甘いものを用意するなり、楽しみに待てる夜の趣味の時間をもうけるなり、
自覚的に自分をメンテナンスしていこうって決めました。

私が尊敬してやまない瀧波和賀さんのnoteにも、それは書かれていました。

ポイントは、「私は疲れていて、負傷していた」という事実。
つまり、優しさの大部分は、健康と体力でできている。と私は思う。

疲れている時の私は、同じく疲れている夫にやさしくできない。
➡︎なぜかって、夫がやさしくしてくれないから。
なぜ夫が私にやさしくできないのかというと、
➡︎発達特性があり、自分でいっぱいいっぱいだから。

夫の発達特性は変えられない。
周りから見たら負担の天秤は傾いているかもしれないけれど、
どうしたって、私が多めに気をつかわないことには始まらない。
そしたら、私がそこに適応していくしかないんでした。

疲れを自覚する。自分をメンテする。
そうやって私は私にやさしくして、
その余裕をもって、夫にもやさしくしよう。

ちょっとお高めのお菓子を隠し持っていたっていいし、
私しか飲んじゃいけないおいしいお茶っ葉を、ズンさんの目の前で堂々と買ったっていい。
平日昼間、母にチッチを預けて、月イチで岩盤浴に行ったっていい。

お金はかかるかもしれないけれど、夫婦仲が険悪になるよりはずっとずっとマシ。そう思いました。
必要な投資と割り切って、もっと自分に甘くしていこう!
ちょっと楽しみになってきたくらいです。