子育て

子育てする中でボロが出た、「人を頼れない」という欠点

こんにちは。中野あくびです。

10月はダメダメな月でした。
お友達親子と何度か遊んでもらったり、親戚と会ったり、家族で楽しく出かけたりと、
そこそこ外界との関わりもありましたが、自己評価としては全体的にダメダメ。

今回は、そんな1ヶ月の間に見えてきた、チームで育児をすることの重要さについて書いてみようと思います。
反省点たっぷり。考えれば考えるほど落ち込みますが、自分への戒めも込めて。

身体も気持ちも疲れていた

9月末に1歳3ヶ月をむかえた息子チッチ。

もともと寝ない子でしたが、最近はとりわけ夜泣きがひどく、
一度起きたら2時間以上寝つかない日が何度もありました。

家にいる時間が長いと気持ちが滅入るため、毎日がんばって遠出をしてみたものの、
今度はそれによって身体的な疲れが溜まるばかり。

加えてチッチの自己主張も強くなってくる時期。

危ないからとやりたいことを止められて泣き、
自分で歩きたいのに抱き上げられて泣き、
まだまだ遊びたいのに抱っこ紐に入れられて泣き、
絵本を読んでほしいのにお洗濯を優先されて泣き、
おかずを食べたいのにごはんを差し出されて泣き。

何かにつけてぐずられ、喚かれ、しゃくりあげられ、母である私だって泣きたい。
汚れることが本当に苦手なのに、涙とよだれでベタベタな手が伸びてくる。

睡眠不足とからだの疲労、そして気持ちの疲労が重なり、余裕のない日々が続いた月だったんです。

ストレスと八つ当たり

体力も気力もなく、趣味であるブログの更新は月初めで途切れました。家計簿につけるべきレシートも溜まりに溜まりました。
息子の就寝後、何にも取りかかれずただただぼうっと過ごすことが増えました。
何ひとつ自分の思う通りに進めることができない。降り積もるストレス。

夜泣き時の寝かしつけはこれまで夫のズンさんに任せてきたのですが、
最近では1回にかかる時間が長すぎて、途中で何度も交替しながらの2人態勢です。
それでもつらくて、ひたすら泣き叫ぶ息子に何度もきつい言葉を浴びせました。

日中もたびたび激昂しました。母親失格だと思います。
息子の表情を見て後悔こそすれど、何度も繰り返してしまいます。

ワタシはぜったい虐待しませんからね!』という子育てエッセイ漫画があり、
「私はぜったい感情的に怒りませんからね!」と決意を新たにすべく、今月も何度も読みました。
それでも毎回カッときてしまうんです。怒ったってどうしようもないのに。
1歳そこらの子どもを”叱る”でなく”怒る”ことなんて、八つ当たり以外のなにものでもないのに。

夫の一言

そして先日、ついに爆発しました。

息子は21:30就寝、夜中の1:00に泣きながら起床。
2時間ずっと喚き続け、ようやく寝たのは3:00。
朝の起床はいつも通り6:30。
長めに朝寝orお昼寝するかと思いきや、なぜか14時間半ノンストップで夜まで活動。

眠さのあまり沸点が低くなり、ちょっとしたことを発端に1時間以上平気で泣き続ける息子。
本人もわけがわからないのか、抱っこもおっぱいもとにかく何もかもを拒否してしゃくりあげるばかり。
眠いのなら寝てほしい。
1日の半分くらいを泣きながら過ごさないでほしい。

私も同じく寝不足で動けず、頭にガンガン響く泣き声にイライラし、怒鳴り、
しまいには放置し、キッチンに隠れて耳をふさぎました。
気を取り直したくて、あついコーヒーを淹れてみたり、やけ食いしてみたり。
人ごとにしたくて、泣き続けるチッチをあえて動画におさめてみたり。

地獄絵図でした。
ご近所さんには虐待を疑われたかもしれません。そのくらい泣いていました。
いっぱいいっぱいになってしまった私はたまりかねてスマホを取り出し、
泣きわめく動画とともに、ズンさんにメッセージを送りました。

「ずーーーっと泣いててうるさい」
「むり」
「もうチッチきらい」

そうしたらズンさんは、いつもより1時間くらい早めに仕事を切り上げ、
近所に設けている仕事場から明るい笑顔で帰ってきてくれたんです。

「あとは僕が見るから、おかあさんはゆっくりしてなさいよ」
「元気が出るように、おいしいごはんを作ってあげるからね」
と、やさしい言葉までかけてくれました。

でも、ズンさんは仕事をしてきたというのに、私は育児ひとつ満足にできない。
早く帰らせてしまったし、今日も夕飯を作れなかった。
ごめんなさい。本当にごめんなさい。

弱気に謝る私に、彼は言いました。

助けてって言うことは、恥ずかしいことでも、申し訳ないことでも、後ろめたいことでもないよ。
それをそろそろ理解した方がいい。もっと助けを求めなさい

これから先、家庭をうまく回していくために

確かに、思えばいつもそうでした。
人に何かをお願いしたり、頼ったりすることは昔からとても苦手でした。
それを「がんばりすぎ」とか言われてもよくわからず、
自分でやらなきゃ、頼っちゃダメだ、と抱え込むクセがありました。

でも今や、私は母親です。
家を、家庭を、子どもを守らねばならず、それは到底ひとりでできることではありません。
家族が一丸となり、協力し、互いのことをよく知りわかり合い、
手と手を取り合いやらねばならないことなのでした。

私ひとりが日中の鬱憤を溜め込み、息子につらくあたり、信頼関係を壊してしまうこと。
そんなのは一番あってはならないことです。私だって望んでいません。
でも、私が進んで行こうとしていた先は、それへの近道だったのだと思いました。
夫にも母にも頼らず、息子と密室で過ごし続けることの恐ろしさを思いました。

近所に住む母の手を借りることを拒み、
一時保育の利用を勧める夫の提案を拒み。
いったい私はどこへ行こうとしていたのでしょうか。
行こうとしていた先に、家族のしあわせはあったのでしょうか。

夫の言葉でようやく我に返りました。
大人だというのに、なんと情けない。
助けてほしい時やつらい時は素直にそう言い、
風通しの良い、無理せず過ごせる家庭づくりを心がけていく義務が私にはあります。

私のスタンスは、おそらくは母の姿を見て育ってきた影響であり、
すぐには難しいでしょうが、きっと。
我が子にも「頼っていいんだよ」という姿勢を示せるように。

自分のために、夫のために、子どものために、
「頼れる母」かつ「人に頼れる母」になることが目標です。